1990年代、フェンダー・メキシコに何が起きたのか

フェンダー・メキシコ・パワーハウス・ストラトキャスター

僕は長いことフェンダージャパンのストラトキャスターを使ってきました。それは枯れた音で悪くなかったのですが、僕の音楽生活が主にセッションでギターを弾くという事が中心なので、オールマイティなギターをずっと探しています。そこで巡り合ったのがフェンダー・メキシコのパワーハウス・ストラトキャスターというギターでした。

このギターはホントに作りがよくて、最近のフェンダーUSAとクオリティ的には変わらないとマジで思ってます。ということで、なんでなのか調べてみました。だって、フェンダー・メキシコ(エンセナダ工場製)。工場設立当初は「安かろう悪かろう」というイメージもあったんです。僕も経験上そう感じていました。

でもその評価が劇的に変わったのが1990年代の製品です。今や「信頼できる実用機」としてプロアマ問わず愛用者がいる状況になっています。なぜ、この時期にクオリティが飛躍的に向上したのでしょうか?

1. 1994年2月のエンセナダ工場火災

1994年2月、メキシコのエンセナダ工場で大規模な火災が発生しました。これにより工場の生産ラインが壊滅的なダメージを受け、フェンダーはメキシコでの生産を一時的に停止せざるを得なくなりました。

しかし、当時のフェンダー経営陣は「メキシコ生産を諦める」のではなく、「USA工場がメキシコを全面的にバックアップする」という決断を下しました。

2. コロナ工場(USA)による全面支援

エンセナダ工場が再建されるまでの間、生産を維持するために以下の措置が取られました。

  • USA製パーツの供給: メキシコで加工できなくなった木材パーツ(ボディやネック)を、カリフォルニア州のコロナ工場(USA)でカットし、それをメキシコに送って塗装や組み立てを行う体制が取られました。
  • 最新設備の導入: 火災後の再建にあたり、エンセナダ工場にはUSA工場と同等の最新鋭の工作機械(CNCルーターなど)が導入されました。これにより、それまでの職人の手作業による個体差が減り、加工精度が飛躍的に向上しました。
  • 技術指導の徹底: コロナ工場の熟練スタッフがエンセナダへ赴き、生産工程の管理や品質基準をUSAレベルにまで引き上げました。

3. 「中身はUSA」という逆転現象

この時期(90年代半ば〜後半)のメキシコ製が高い評価を受ける理由は、「USA製と同じ木材、同じ工作機械、同じ品質管理で作られていた」期間が実際に存在したからです。

特に以下の点は「MIMの真実」として有名です。

  • ネックとボディ: 当時のスタンダード・シリーズなどは、コロナ工場でラフカットされたものがメキシコに送られていました。
  • 塗装の進化: 工場の再建により、環境・品質の両面で優れた塗装ブースが整い、仕上げの美しさが向上しました。

4. 現代に続く「MIM」の地位

この火災と再建を経て、フェンダーは「USA=高級」「メキシコ=低価格(粗悪)」という単純な上下関係ではなく、「共通のクオリティを維持しつつ、仕様やパーツで価格差をつける」という現在の戦略を確立しました。

現在のメキシコ製(Playerシリーズなど)が「プロが現場で使える楽器」として信頼されているのは、1994年の火災という災難を乗り越え、USA工場と二人三脚で歩んだ歴史があったからこそなのです。



まとめ: 1990年代のフェンダー・メキシコの躍進は、偶然ではなく、偶然の事故から発生した経営陣の戦略的な投資と、最新技術の導入、そしてUSAとの連携によって成し遂げられたものでした。

この時代に築かれた強固な基礎があったからこそ、現在の「Playerシリーズ」などに代表される、高品質なメキシコ製フェンダーが存在しているという事になるのです。僕の持っているDeluxe シリーズも、まさにこの「品質革命」が起きた直後の黄金期の一本だったんです。USA製に引けを取らないと感じるのは、歴史的な裏付けがある「必然」だったんですね。

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