ときどき、すごいお宝が眠っているジャパン・ビンテージ・ギターなどの話題と、
お金をかけなくても楽しめる音楽ライフについて書くブログにようこそ!

半世紀前のギターブーム
日本にギターブームがあったのをご存じでしょうか。もう半世紀が過ぎてしまいましたが、1960年代から1970年頃はフォークギターブームがありました。
誰もが一度はギターを手に取ってみる時代でした。そして「F」を押さえることができた人だけがその先へ行く、それは今も同じですが、おそらくその母数はとんでもなく多かったと思います。
ジャパン・ヴィンテージって何?
当時はドルがアホみたいに高かったため(1975年前後は280~300円前後そして初任給は9万円程度)Martin,Gibson,Guildなどといった米国製のギターは20~30万円くらいして、全くもって高根の花でした。そこで時代の要求に応えて手を挙げたのが家具屋などの木工技術をもった工場などです。
ギターなどの楽器を作る際には木材の乾燥や精密加工などが必須ですが、それらの要求に見事に応えて家具屋さんが日本のギターを作るようになっていったんですね。さすが日本人です!
そして今、それらのギターは「ジャパン・ヴィンテージ」と称されて、日本はもとより海外からも注視されるようになっています。
このブログでは、高級なギターではなく、経年変化でよく鳴るようになったアコギとか、今も現役のエレキギターなどを「ジャパン・ヴィンテージ」という意味合いで使っています。
ジャパンヴィンテージとの出会い
僕は中学の時にギターをはじめました。当時あるあるの流れ通りにフォークから入ってその後ロック、フュージョンなどに流れていったのです。
最初に手に入れたギターは中学生のとき質屋で買った、どこの製品かもわからない、怪しいフォークギターでした。トラスロッドは入っておらず、ネックも曲がっていて、12フレットの弦高はおそらく1㎝位ありました。
そんなトホホなギターでしたが、なにしろ中学生ですから、バカみたいな情熱でローコードはなんとかこなし、そのうちFも押さえられるようになって、そこいら中にいた「ギター小僧」の仲間入りを果たしました。
その後、高校入学記念にMorrisW-40というギターを手に入れました。そのギターはとても弾きやすいギターでしたが、見かけは綺麗なものの、今思えばこれという特徴もない感じの楽器でした。
そして高校生になり、ブイブイ言わせていたある日、所属のフォークソング部の後輩の女子のギターを借りて、調子に乗って飛んだり跳ねたりしていているうち、気づかない間にサイド部をへこませてしまったんです。それがMorrisのF-12(だったかな?)でした。
その後輩女子に返却したところ、後で僕が作った傷を見て泣いていた、というのを聞いて慌てたのですが弁償するお金も無かったので、手持ちのW-40と交換することで納得してもらいました。
そのMorrisF-12はその後皆に「ボッコギター」(おそらく木の棒みたいな意味かと思われ)とよばれ、宴会の伴奏要員となって忘れ去られていきました。

そしてギターにはほとんど触らないままおよそ20年ほどの時が流れ、会社員も中堅になった頃、友達の家でそのボッコギターに再会したのです。弦が3本くらいしかない情けないありさまなだったのですが、弦を弾いてみると腐りきった弦なのに、「妙に音がでかいな」と思ったのです。
持ち帰って弦を張り替えてみたら、極上の爆音に驚きました。長い年月が木材の乾燥を促したのでしょう。いつの間にかボッコギターは華麗な白鳥に変身していたのです(見た目は変わらないけどね)
それがジャパン・ヴィンテージ・ギター(う~ん、安物だからヴィンテージというのは変だけど、適当な呼び名がないから、まあいいか)との出会いというわけです。
ペグを変え、曲がっていたネックをなるべくまっ直ぐにして、フレットをすり合わせ、ナットやブリッジも削って頑張っていい状態に持っていきました。ほとんどが初めての作業でしたが、なにしろ元が安物ですからどんどん行けました。結果、ボッコギターはめっちゃくちゃ良い楽器に華麗に変身したのです。
そのギターは一身上の都合(実は離婚)の際のゴタゴタで、ついに手元に戻りませんでした。その悔しさから僕のお宝ギターさがしは始まったのです。
お金をかけなくても楽しめるギターライフ
僕はかつて、会社倒産、離婚なども経験して金銭的には決して楽ではないのですが、それでもライブハウスでセッションしたり、音楽生活をめいっぱい楽しんでいます。このブログでは、Japan Vintageのギターなど、安くて良いものを使って、お金をかけずに楽しむために僕が実践しているやり方を紹介していきます。

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